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【中国語】打酱油 dǎ jiàngyóu

 最近スーパーを覗いてみると醤油の種類が増えてますね。玉子かけご飯用とか冷奴用とか特化したものもあって。

 さて、この「打酱油」は、もともと「醤油を買う/売る」という意味だったようですが、今は慣用的に「自分は無関係/無関心」という意識や感覚を表す意味で多用されています。ズバリはまる日本語がないので、例文を挙げて、感覚的にとらえておきたいと思います。


别问我,我是出来打酱油的!  


 この文を文字通りに訳すと、「(他人から質問されて)オレに聞くな。醤油を買いに出てきただけなんだから」となります。もちろん本当に醤油を買いに行く途中の場合もあるでしょうが、慣用的な意味としては、自分は「醤油を買いに出ただけの人間」で、自分は何も知らないということから派生して、「打酱油」は「自分とは関係ない」ということを表してます。

 この慣用的な使い方はネット上で生まれたらしくて、他人のページや投稿を見たけど、それに対して特別の感想も関心、コメントもなく「通り過ぎる」こと(=「足あと」だけ付ける)ことを意味したことから、「打酱油」の第三者の通行人的な、無関心、無関係の「冷めた」感覚がポイントです。

 このような感覚は、日常的にいっぱいあります。例えば、


参加的10个人里有9个都是打酱油的。  
参加者10人のうち9人は、来ただけの人だ。(=実質参加していない)

上课时,大部分的大学生都是打酱油的。
講義中、殆どの大学生は座っているだけだ。(=講義を聞いていない)


 とりあえず、会議や授業をサボらずに出席はしているが、無関心で、居眠りしたり、別のことを考えたり、その内容に「冷め」ていて、「自分は無関係」な意識のもとで「参加せず、ただ座っているだけ」の状況も「打酱油」です。自主的ではなく義務的に或いは業務上仕方なく「やらされてる」感がある状況です。


今天的宴会,我打了一下酱油。
今日の宴会、顔だけ出しておいた。


「顔だけ出す」、まさに義務的感が溢れる言い回しですが、日常的によく使いますね。ちなみに「露一下脸」とも言いますが、「打酱油」の方が「冷めてる感」、「仕方なく感」があります。


昨天公务员考试,我去打了一下酱油。  
昨日の公務員試験、受けに行っただけだ。


この文の「我」は、自分の本意ではなく、或いは準備不足で合格は100%無いけど、仕方なく試験だけは受けに行ったというニュアンスです。本気で受験したわけではありません。
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本内容は、個人的理解に基づいています。誤りや補足などがありましたらご指摘ください。"

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